TAKEYARI BLOG

タケヤリから生まれる高品質な帆布

タケヤリから生まれる高品質な帆布

  櫻星のマークThe SAKURABOSHI logo 高品質な帆布の証Proof of high-quality canvas   糸の整経から織り上げ、検査にいたるまで工場で働く職人の手が紡いでいく。それぞれの工程に人の手が入る事で、ぬくもりのある高品質な帆布が生産できる...
【帆布ができるまで】その6 畳みと修繕

【帆布ができるまで】その6 畳みと修繕

検査された生地はさらに修繕の工程に。傷や汚れなど項目ごとに色分けされた印をもとに、直せる限り一つ一つ熟練の職人技術で修繕が行われる。 染めや加工など後加工を行う為、多くの生地は染工所や整理加工業者へ出荷される。すぐに加工に移れる様に、生地は巻きではなく畳みの状態となる。 倉庫では出荷を待...
【帆布ができるまで】その5 検査

【帆布ができるまで】その5 検査

織りあがった生地は下からライトで光を当て、生地に織りキズや汚れがないかどうかをチェックしていく。織り傷や飛び込みがないか目視で行う。タケヤリの検査基準は厳しく、品質が高いと定評がある。 その6<<   >>その4  最初から見る
【帆布ができるまで】その4 ベルギー製織機、ピカノール

【帆布ができるまで】その4 ベルギー製織機、ピカノール

下の写真はベルギー製のシャットル織機ピカノールを使って帆布を製織をしているところ。ゆっくりと力強く織り上げていくため、厚さによっては1日稼働しても数十メートルしか織れない。世界的に見てもほとんど台数のない貴重な織機。壊れたものも部品どり用として工場に残される。 季節による気温や湿度の変...
【帆布ができるまで】その3 経通し

【帆布ができるまで】その3 経通し

タテ糸を上下させ、ヨコ糸を打ち込む為、帆布を織る前には「経通し」という作業を行う。タテ糸を筬(おさ)の真ん中にある穴に糸を一本一本通す。通し忘れると織機の故障にもつながる為、重要な作業の一つである。 また、「経通し」は生地組織のデータの役割をしているため、工場にとってはこれも一つの財産とな...
【帆布ができるまで】その2 整経

【帆布ができるまで】その2 整経

紙の芯に巻いた糸が並んだ姿。撚糸された糸をビームに巻き取り、タテ糸を織機にかけられる様、整える作業です。生地によって、巻き取る本数は異なるが、通常、約1200本から2000本をビームに巻き取ります。  下の写真はビームの芯となる部分。直径1メートルとかなり大きくなる為、移動はクレーンで行...
【帆布ができるまで】その1 合糸と撚糸

【帆布ができるまで】その1 合糸と撚糸

一本の糸、10番単糸という規格の糸を数本合わせ撚糸していく。合糸とは糸を合わせていく事、撚糸とは糸に撚り(より)をかけることや、撚りをかけた糸を指す。帆布は10番単糸の本数で生地の厚み、号数が決まる。また、織糸を撚り合せることで引っ張り強度が増し、強靭な耐久性を持つ帆布となる。 その2<<
ものを持ち運ぶ道具

ものを持ち運ぶ道具

沢山の荷物を持つとき、軽いバッグだと腕にかかる負担が大きい。実は荷物の安定と持ち運びには密接な関係があり、軽い生地を使ったものは荷物と一緒に生地が動いてしまい腕に振動が伝わりやすく負担がかかってくる。 写真はタケヤリの2号帆布ボストンバッグ L、沢山入れてもしっかりとした2号帆布が荷物を包...
タケヤリの帆布とは?

タケヤリの帆布とは?

岡山県倉敷市は全国の帆布生産シェア約70%という帆布の一大産地です。中世から江戸時代にかけて綿花の栽培が盛んだったことから繊維業、紡績業が発達しました。私どもの工場のある倉敷市「曽原(そばら)」という地名は、原野に帆布を干した「帆原(ほはら)」から由来するとも言われています。帆布(はんぷ)...
タケヤリ帆布の品質は職人の想い

タケヤリ帆布の品質は職人の想い

タケヤリのバッグに使用されている極厚帆布は、ベルギー産のピカノールという現存する台数が少ないシャットル織機で織られている。 タケヤリが導入したのは50年以上前。今でも修理しながら使い続けている。  シャットル織機の取り扱いには職人の手の感覚も重要で、気候によって変動する湿度や糸の張り具合な...
職人の畑で取れた綿花

職人の畑で取れた綿花

  綿糸は写真のような綿花から綿を採取し、それを紡いで作る。こちらは去年、職人の畑で採れたもの。綿製品は全てここが原点となる。生活の中でTシャツを見て植物からできている事は想像できないかもしれないが、やはり綿は自然の恵なのだ。 ふわふわの綿花の中に種があり、しっかりと守られて...
タケヤリ帆布のはじまり

タケヤリ帆布のはじまり

1888年、児島地区の郷内にて、農業や行商をしていた武鑓石五郎と機織の名手である梅との結婚を機に製造業がはじまり、タケヤリの歴史がはじまりました。 優れた織り手であった梅の元には評判を聞きつけた木綿問屋から角帯や足袋の底地など注文が入るようになり、タケヤリの生地は桐の箱に入れられ大阪や東京...
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