【タケヤリをつくる人々】武鑓澄治会長

【タケヤリをつくる人々】武鑓澄治会長

130年以上歴史のあるタケヤリは帆布の一大産地として岡山県の倉敷市に工場を構えています。現在では、定番の帆布から生地の加工、帆布を使った製品まで幅広く対応出来るようになっています。製品づくりに取り組みを始めたのは、かつて「今までの受注生産だけに頼る機屋では難しくなる」と感じていた会長の発案...
1958年に導入したシャトル織機

1958年に導入したシャトル織機

1958年、3代目和夫が導入したベルギー製シャトル機ピカノールは、他社では織ることのできない極厚の1〜3号の帆布を生み出すことができた。この織機26台を今でも稼働させている工場は世界中を探しても倉敷 帆布の老舗タケヤリだけだろう。 シャトル機で織られた生地は最新の織機と比べればスピードは遅...
【タケヤリをつくる人々】賀川 プロジェクトリーダー

【タケヤリをつくる人々】賀川 プロジェクトリーダー

「はじめはお客様もいない、0からのスタートで新規先の開拓をはじめました。」と賀川は話す。 賀川は2010年に新入社員としてタケヤリに入社し、今ではこの部署を支えるリーダーとして引っ張っている。 大阪の出身ですが、見知らぬ岡山に来たのはなぜですか? 「繊維関係の商社を志望していました...
【タケヤリをつくる人々】小林 リテイル担当

【タケヤリをつくる人々】小林 リテイル担当

小林は千葉の出身。縁あって岡山に来てタケヤリの営業として歩みはじめました。 入社するまでに持っていた帆布や職人さんに対するイメージに変化はありました? 「正直に言いますと帆布とは何かを理解出来てませんでした。入社後、社内にある文献、会長自ら作成して頂いた帆布にまつわる資料を読...
タケヤリの帆布とは?

タケヤリの帆布とは?

岡山県倉敷市は全国の帆布生産シェア約70%という帆布の一大産地です。中世から江戸時代にかけて綿花の栽培が盛んだったことから繊維業、紡績業が発達しました。私どもの工場のある倉敷市「曽原(そばら)」という地名は、原野に帆布を干した「帆原(ほはら)」から由来するとも言われています。帆布(はんぷ)...
タケヤリ帆布のはじまり

タケヤリ帆布のはじまり

1888年、児島地区の郷内にて、農業や行商をしていた武鑓石五郎と機織の名手である梅との結婚を機に製造業がはじまり、タケヤリの歴史がはじまりました。 優れた織り手であった梅の元には評判を聞きつけた木綿問屋から角帯や足袋の底地など注文が入るようになり、タケヤリの生地は桐の箱に入れられ大阪や東京...
【開発ストーリー】世界で注目される”特厚”帆布の進化 その2

【開発ストーリー】世界で注目される”特厚”帆布の進化 その2

先染めで特厚帆布を作りたい。そう思ったのはずっと愛用している某USブランドの80年代のオックスフォードシャツを見て。がっしりした質感、長年使った時のなんとも言えない色の馴染み、ドライなタッチ、こんな風に変化していく帆布があったらいいなと思っています。 先染めというのは生地を織る前、糸の段階...
【開発ストーリー】世界で注目される”特厚”帆布の進化 その1

【開発ストーリー】世界で注目される”特厚”帆布の進化 その1

私たちは昔から変わらない方法で 特厚帆布 を製造しているだけなのだが、最近ではビンテージ織機ならではの風合い、生地の密度の高さという、また違った観点で評価をいただくようなってきた。海外の生地展示会では世界中の方々から「まだこんな織り方をやっている!?」「今でもこんな生地があるなんて!」「す...
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